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お知らせ

8月, 2015年

「私はどこに行けばいいのだろう」

2015/08/23

「私はどこに行けばいいのだろう」

 

りんどうの会を立ち上げてすぐのことです。

グリーフケアの研修からの帰り道

携帯電話に着信がありました、小樽の方からの電話でした

 

自分も最近遺族になった者である

何かしなければならないとは思っているのだが

気持ちだけが先走って、正直何も手につかない

サボっているわけではないが、体が動かない

 

そんな時に、りんどうの会の記事をインターネットで目にした

そういった会は小樽にもあるのだろうか

どこに行けば遺族が寄り添える場所があるのだろうか

そこに行けば私は元気になれるのだろうか

 

まだまだ経験の浅かった私は、その時本当にケアができたのでしょうか

お電話で30分ほどお話をしました

ほとんどは先方さんが一方的に話されます

 

家の中にいても、一歩外に出ても

そこには亡くなった方との思い出が満ち溢れていて

街角を曲がるたびに幻影をみて、ドキッとしてしまう

生きているはずがないんだと現実に引き戻され悲しみが襲ってくる

 

私は行くところがないんですよ

私はどこに行けばいいんでしょうね

 

パートナーを亡くされて、家には自分一人

考えることは亡くなった人のことばかり

まだ至る所にその人のものがある現実は

死というものを、頭では理解しても心が拒否しているのです

 

私も、近くのスーパーに買い物に行って

妻によく似た人の後ろ姿に、何度もドキッとしました

家に帰った時、ただいまと声をかけた後の静けさに心が砕けます

どこに行っても突きつけられる現実に打ちのめされます

 

どこに行けば、この悲しみから逃れられるのでしょうか

 

その方の心の叫びは、まさに自分自身が経験したもので

冷たい言い方ですが、あきらめることを受け入れるまで続きます

もうその人はいないんだ・・と心も納得するまでは続きます

 

また、この感覚は家族だけではなく

友人の方々にもその様な感覚があったことを後から聞きました

いつも妻と出会っていた場所に行くと、そこに妻がいる様な気がして

よく似た人を見ると、つい声をかけそうになったそうです

頑張れないよこれ以上!!

2015/08/17

8月9日に書いたことの続きになります。

りんどうの会も来月で3年を終えようとしています
いろんな方とお話をさせて頂きました
一回だけしかお話していない人もいます
電話だけで、とうとうお会いしなかった人もいます

この体験を分析してみようとかいうつもりはありませんが
この3年で感じたことをや、その時々の言葉を思い出しながら
この経験をまとめてみようと思います

一気にまとめていくということは難しいことだと思います
少しづつ、最初は取り止めのないことから
思い出し出し書いてみようと思っています

今日は、お電話でしかお話しませんでしたが
熊本の方で私とあまり年齢も変わらない感じで
夫を亡くされて、まだ日の浅い方の言葉でした

夫の家族や、自分の兄弟も、気を使ってくれている
そのことには感謝もしているしありがたいと思わねばならない
しかし、その人たちが発する言葉が「眩しすぎて」
自分は本当は会いたくない

おわかりになりますか・・・
「言葉が眩しすぎる」というこの意味を

兄弟や親族の方々は、その方を励まさねばならないと思っているのでしょう
その方々なりに言葉を選んでいるのかもしれませんが
多くの場合、次のような言葉をかけられます

「あなたが泣いていたら亡くなった方が悲しむよ」
そして必ずと言っていいほど
「悲しかろうが、頑張らんばよ」と続いていきます

何を頑張るのだろう!
これ以上はもう頑張りきらん!
もし、頑張ったら悲しみが消えるのだろうか!
励まそうとしてかけた言葉が、一番傷つけてくる

声をかける方は元気に明るい雰囲気を作ろうとしています
強く生きていってほしいという願望の表れでしょうね
でも、それが一番辛くのしかかってくるということを
どうかご理解いただきたいと思います

自分が自分に言う分には構わないのです
でも、その言葉を聞かされることに耐えきれない時があります
私も多くの方から「頑張れ」と言われて
自宅に帰ってから泣いたことは幾度となくありました

励まさないでください
(続く)

 
 

ガンに負けない

2015/08/09

何回か書いた事がありますが、「人はいつか死ぬ」
この言葉は、聴く人によっては嫌な響きを持つ事でしょうが
私と私の妻はこの言葉に救われました

 

「人間の死亡率は100%」
たとえ健康で事故もなくその寿命を全うしたとしても
いつか人は死を迎える
その事実から目を背ける事はできません

 

たとえ健康で事故もなくその寿命を全うしたとしても
夫婦二人が最後のときまで一緒とは限りません
妻か夫か、どちらかが先に逝き、どちらかが残るのです
それが事故や病気の場合、納得できない事が多いと思います

 

しかし、それが現実であり
早い遅いという気持ちはあるにせよ
人は絶対に死に至るという事実を忘れてはいけないと思います

 

いまの医学は、人は生き続けると言った発想にあると思います
死なないと錯覚するから、死なない医学が進んできています
延命治療、植物状態でも生かしていく
本当に、それで良かったのでしょうか

 

ある医学者は、現代社会の歪みは医学にあるといいます
人もまた動物であるのに、自然淘汰を拒否している
以前なら生命を維持できなかった赤ちゃんも生き残る
自然社会の摂理を破壊しているのは人である

 

私の妻は、手術から抗がん剤と治療を続けましたが
発見から3年2ヶ月で最後のときを迎えました
最後の1年は治療を放棄し、最後は緩和ケアでした
しかし、ガンが見つかってから、もっとも安定していたのは
その最後の1年間でした

 

ガンに罹患する年齢によっては「死にたくない」という
本当に当たり前の感情を持つことはよくわかります
特に小さな子どもさんがいる家庭ではなおさらだと思います
そういった方々にはガン治療の発達は重要課題だと思います

 

ただ、不思議なのは
これが他の病気であればこういった感覚が少ないのですね
ガンという病気の特殊性でしょうか
不治の病いという思いが強いからでしょうか

 

患者さんや経験者の方々と、遺族という立場の私には
正直って大きな壁が存在します
「ガンに負けない」という事への意味が違うからです
妻はガンで命を失いましたが、ガンに負けたわけではありません

 

それは、ガンとどう向き合うかという心の問題です
人はいつか死ぬ、この真理をどう理解してどう立向うかです
死が怖くない人はいないと思いますが
その恐怖を超えるきっかけが、人はいつか死ぬかなと思います

 

遺族という立場で、ガンを考えた場合
死を迎えるその時まで、ずっと一緒にガンと闘いながら
結局は何もしてあげられなかったという悔恨だけが残ります
遺族の心の中には、悲しみと同時に自責の念があります

 

私はガンで妻を亡くし
その事がきっかけで、遺族の会やガン征圧運動に関わっています
とても不思議な気持ちでこの現状を見ています
妻が生きていれば、全く関わる事のなかった世界にいます

 

そしていま、リレー・フォー・ライフに関わりながら
自分の心の中の矛盾と立ち向かっています