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ルミナリエ点灯式に寄せて(2018)

2019/10/18

リレー・フォー・ライフ・ジャパン2018佐賀、ルミナリエ点灯式(岩永淳子さん)

 

皆様こんばんは

グリーフケア・サロンりんどうの会・がん遺族の会佐賀会員の岩永と申します

リレー・フォー・ライフ・ジャパン佐賀2018ルミナリエ点灯式に向けて

私のメッセージを読ませて頂きたいと思います

どうぞ、聞いていただけると嬉しいです

4回目となるリレー・フォー・ライフ・ジャパン佐賀ルミナリエの前で

メッセージを読むこととなり、一番驚いているのは夫でしょう

今、あなたはどこにいますか?

ここ、ドン3の森に来ているのでしょうか・・・?

きっと木の上にでも座って微笑んでいるような気がします

 

「リレー・フォー・ライフ」この言葉を知ったのは2008年だったでしょうか

翌年に福岡で開催されるという新聞の記事でした

何か気持ちが前に向くような・・

それまで閉じこもっていた心が広がるような予感がしたものです

当時、夫は腎臓の横にある副腎がんと闘って4年が経過していました

元気に働き、スポーツを楽しんでいた日々が突然がんの宣告に生活は一変しました

情報も少ない中、同じがんで戦っている人が居るかもしれない

治療や薬は?自ら病院を探し求めて診断を仰ぐ日々でした

そんな時に目にした記事、リレー・フォー・ライフ福岡

がんの話ができる場所、何度も読み返していました

しかし、一緒に訪れることは叶わず、2009年9月30日旅立ってしまいました

 

翌年2010年9月18日海の中道海浜公園、私はこの日を忘れることはないでしょう

やっと訪れることが出来た、その地はルミナリエが優しく灯り

あちらこちらで笑顔や笑い声が聞こえ、

夫の写真を胸に一人居てもあたたかい気持ちに包まれる場所でした

これまでの事、夫のことをたくさん話しました・・

自分のことのように聞いてくださるスタッフの方に心が打たれました

 

そして、この佐賀の地で開催される様になり沢山の方々との出会いがありました

また、7年目となるグリーフケアサロンりんどうの会

同じ体験をし、それぞれが数えきれない悲しみを抱えていても

思いを分かち合い気持ちに寄り添いながら、少しづつ前へと向いて行くことが出来る気がします

当時学生だった2人の娘たちも自分の居場所を見つけ母となり

去年、父の命日より少し早い9月25日には初孫が誕生しました

良きおじいちゃんになったであろう夫を思う時、またこみあげてくるものがありますが

周りの方のおかげで、ここまで来ることが出来ました

 

最後に、リレー・フォー・ライフ・ジャパン佐賀の実行委員であった本島克子さん

また、2011年初めてのリレー・フォー・ライフ熊本の会場で

独り座っていた私に声をかけてくださった、大分のナミヘイさん

7月、8月と旅立たれてしまわれました

貴方がたの優しい笑顔は忘れることはないでしょう

本当に感謝の気持ちでいっぱいです、ありがとうございました

心よりご冥福をお祈りいたします

 

皆様!ルミナリエに点灯したいと思います・・「点灯」

 

* 次回は2019点灯式の、古賀さんの朗読を紹介します

新聞に掲載されました

2019/09/12

今日の佐賀新聞の「opinion」に私の投稿が掲載されました

新聞記事の写真では読みにくいと思いますので

原稿をそのまま掲載します。

 

私は、2011128日に妻を大腸がんで見送りました。妻59歳、私は58歳でした。32か月の闘病生活で最後は好生館の緩和ケアでその生涯を終わりました。

どうしようもない悲しみの中でもがき苦しみ、毎晩酒におぼれる生活の中で、遺族会を立ちあげないかと声をかけてもらい、がん遺族の会「りんどうの会」を立ちあげました。会の目的は、遺族に寄り添いながら、心の奥底にある深い悲しみを癒すこと。すなわちグリーフケア(悲嘆回復)を実践することです。

ともすれば「頑張ってね」と声をかけがちになりますが、悲しみの中で、もう精いっぱい頑張っているのに、これ以上はもう頑張れないという遺族の気持ちに寄り添い。もう頑張らなくていいよ、泣いてもいいよ、ありのままに悲しみを出していいんだよ。ここにはそういった仲間がいるんだよ。そんな場を作ることが、とても大切なことだと思って、遺族サロンを続けてきました。

私も遺族の一人として、サロンの中でたくさんの涙を流すことができました。

今は悲しみの中にいても、いつか笑顔が戻る時が来ます。自分のために一緒に涙を流してくれる仲間がいることが心の支えになって前に進むことが出来ます。

でも、それは亡くなった愛する人を忘れたということではなく、悲しみを忘れたということでもありません。心の中に悲しみの居場所が出来たということです。だから、何かの拍子に悲しみがひょっこりと顔を出して、涙が出る時があります。

そんな仲間たちと一緒に、悲しみの講演会を開催したり、リレー・フォー・ライフにも参加しました。悲しみの中でも、少しづつ前に進むことが出来るのも、そういった仲間がいるからこそです。

一人で悲しみに暮れている方がいらっしゃいましたら、是非りんどうの会のドアをノックしてください。遺族の方にやさしい場所があることをお伝えください。りんどうの花言葉は、「君の悲しみによりそうです」。

 


2019年8月のサロン

2019/08/24

サロンは、この様な円卓形式で行われています。

テーブルには会員だけが座り、各々の今の気持ちなどを話します

一人の方が話している間は、ほかの方は傾聴に徹してもらっています

(カメラが入ったので、皆さん少し緊張していますね)

このほかに、ボランティアで参加していただいている方がいます

座る位置は、全員が写っている写真の右手前です(この写真もその方の撮影です)

それと、賛助会員として、緩和ケア・スピリチュアケアが専門の医療者が

左手前にいて、会員の問いに応じてアドバイスをしていただいています

入会を迷われている方がいらっしゃいましたら

先ずは、見学に来てください

会員一同、あなたのお出でをお待ちしています。

 

 

 

 


 

夫の命日に

2019/07/26

平成6年7月26日朝8時18分

夫は、わずか3ヶ月の闘病の後、37歳の若さで私と3人の幼い息子を遺して旅立ちました。

「まだ子供達も小さいし、やりたい事がたくさんあるから死ねないよ!」と言いながら、

でも病状は悪くなるばかりの中でどんなに辛かった事でしょう!

 

随分、遠い日のことのようですが私達にとっては、昨日の日のことのように思い出されることもあります。

体調が悪くなり、心身ともに辛い中で、夫は最期まで「有り難う」と私に優しく声をかけてくれました。

家族思いのあんなに優しく元気だった夫を失い、なかなかその事を受け止められず、私も子供達も悲しく辛い日々が続きました。

 

でも、たくさんの方々の温かい支えの中で、私は看護師となり子供達を育てることが出来ました。

長男、次男は夫と同じく良きパパになりました。生後8ヶ月だった三男は看護師になりました。

辛い時、悲しい時はいつも心の中の夫が相談相手で心の支えでした。

いつもすぐ側で見守ってくれました 。

 

今日もいつも通りに感謝の気持ちで過ごします。

そして夫の大好きだったソフトバンクホークスの応援📣に行きます。

リレー・フォー・ライフ・ジャパン2019佐賀

2019/07/11
今年も参加します
  
リレー・フォー・ライフ・ジャパン2019佐賀
9月21日13時~22日10時
オールナイトで開催します
会場は、佐賀市どんどんどんの森です
  
がん患者・家族そしてもとは家族だった遺族
医療者、支援者、ボランティアの方々が集い
自分たちのペースでタスキをつなぎながら歩きます
  
遺族のブースは、私たちりんどうの会で受持っています
これまでRFLに参加したことの会方も
りんどうの会のサロンに参加したことのない方も
この機会にぜひご参加ください
私たちがお待ちしています
  
りんどうの会のサロンは
毎月第3水曜日の19時~21時と(定期開催)
毎月第1土曜日(不定期)に行っています
ホームページ等でも確認できます
 
貴方は、独りぼっちではありません
貴方を待っている仲間がいます

6月のイエローレシート・キャンペーン

2019/06/11

毎月11日は、イオンのイエローレシートキャンペーンの日です

イエローレシートで集められた合計金額の1%が

活動資金として提供されます

今日は、火曜市ということもあって、多くのお客様でにぎわっていました

レシートを入れてくださった方々に心より感謝します


 

 


夫との思いを胸にアメリカ

2019/03/13

2018年の年末から正月休暇はアメリカ、ワシントン州に住む妹の所へ行って来ました。

西海岸はオレゴン州、ポートランドに近くアメリカ人の夫と子どもと暮らして23年経ちます。

結婚式へは私、夫、娘達に父母と揃って成田空港から直行便で行きました。

妹は12年に1回は帰国し会いに来てくれますが、私は訪れる機会がないまま、特に夫のマイケルとはもう、20年以上会ってなかった。

今回、23年振りに渡米する事になり、末娘が同行してくれました。

チケットの手配からフライトを組むのを娘に頼み、付いて行くだけの お上りさんでありました。

乗り継ぎのサンフランシスコ空港に降りたのは29日の夜でした。

クリスマス飾りが残る中、様々な人種が行き交いアメリカに来たのだなぁと実感が沸いてきました。

妹が待っている ポートランド空港まで2時間期待と嬉しさで長旅の疲れや眠気は感じませんでした。

23様々な事がありました。

妹の夫マイケルは優しい気遣いが出来る陽気でフレンドリーなアメリカン。

結婚を申し込む時に私の家族、特に大正生まれの父には、理解を得ようと時間をかけ苦労した様です。

日本の夏は暑く苦手でも暫く滞在していたのを覚えています。

そんな父も結婚式では笑顔を見せて嬉しそうでした。

外国へ嫁いで行った娘をどんなに案じていたか、でも病に伏せてしまい15年前に79歳で生涯を閉じました。

言葉少なかった父ですが、子を想う気持ちは一緒だったと思います。

私の夫も旅立ってから今年9月で10年が経ちます。

闘病は5年でしたから夫に向き合う事が多く、娘達には寂しい思いをさせたのではないかと今でも申し訳ない気持ちになります。

母は今年の9月で88歳 米寿を迎えます。

高齢となり介護を必要としていますが穏やかに暮らしています。

81歳まで重いリュックを背負い独り、妹の所へ行っていた姿が忘れられない。

遠い地へ嫁いで行った我が子に会いたい一心だったと思います。

今になって私はその気持ちがよく分かります。

そんな母が「アメリカへ行って来んさい」と、背中を押してくれました。

親類や友人、猫シッターのおかげで私は妹とマイケルの家へ23年振りに

そんな感慨に耽っていました。

「まもなくポートランド空港に到着します」とアナウンスがあり…急に胸が熱く いっぱいになってきて、涙が込み上げてきては堪え切れなくなりました。

これまでの様々な事が思い出されて来て隣に夫が居ない寂しさ、一緒にマイケルと再会したかった。

当時、泣いて困らせた娘は頼もしく成長した。

再会が叶わなくなったアメリカの親類の顔も浮かんで来て…心の奥に閉まっていた想いが溢れてきました。

ふと、窓際にいた女性と目が合いました。

女性は私を見つめたまま とても優しい微笑みを返してくれました。

まるで私の気持ちを察してくれているかの様な表情で思わず胸が熱くなりまた、女性の懐には小さな犬が抱かれていたのです。

フライトの間 鳴き声もなく安心しきって甘えていました。

大らかなアメリカという国、人を肌で感じたひと時でした。

そして…到着ゲートが見えてくると 妹、マイケル、子ども達全員が来てくれていて、手を大きく振っている姿がありました。

涙、涙の再会でした。本当に来て良かった!思い切って来て良かった!

感謝の気持ちでいっぱいでした。

                                          平成313月 岩永淳子

嬉しい電話

2019/02/04

とっても嬉しい電話をいただきました
私のとっても大切な友人の一人が一昨年からがんと闘っていました
一度は摘出手術で復帰していましたが
再発が認められて、抗がん剤等の治療を進めていました
辛く厳しい時間だったと思います
それを支える奥様も・・・・
  
「検査の結果、がんが消えていました」
「よかった、頑張ったね」
電話の向こうにいる友人の顔が浮かびました
  
よかった、本当に良かった
ほんとうによく頑張ってきたね
今度一緒に飲もう

8年目の命日に

2019/01/28

妻が逝ってから8年の月日が過ぎていきました

8年前、夕方5時に病室に行って声をかけると軽くうなずいてくれた妻が、

その2時間後に逝ってしまうとは、思いもよらないことでした

お通夜は、午後から降り出した雪がしっかりと積もり一面の雪景色

そんな中にも関わらず、遠方からも多くの方がお参りに来てくれました

葬式の日は、朝から天気が良く

出棺のころには、ぽかぽかと温かい日差しが照っていました

それから1年後、一周忌の日には、愛犬のユリが気がふれたように騒いで

家を飛び出して大けがをして、入院すると珍事も起きました

いろんな思い出が詰まっている1月28日です

「命」について

2018/10/29
先日、大阪で終末期医療についてお話をさせて頂いた時から、「命」について改めて考えさせられています。
  
人の命には限りがあります。
ガンにかかわらず、健康に過ごされている方でも、いつかは死を迎える時がきます。これは誰しもが逃れることのできない、事実です。
しかし中には「死なんて考えたくない」とか「人はいつか死ぬ・・といった言葉は聞きたくない」という方がいます。
もちろん、誰しもが好き好んで死を迎えたいとは思わないでしょう。
でも、命には限りがあります。
  
限りがあるからこそ、命は尊く大切なものです。いつか消える命の重さを感じてこそ、生きていくことも輝いてくると思います。ただ生きるのではなく、生ききることが大切だと理解することができるのです。
  
そして、私や私たち遺族は、愛する人のその尊い命が消えた時を経験した者です。愛する人の命が消えるということがどういうことなのかを知っている者です。
出来ることなら経験したくなかった、辛く悲しい経験。
この経験が何かの、誰かの役に立つのであれば、役に立てて欲しいと、私は思っています。
  
グリーフケア (悲嘆回復)は、遺族の悲しみを癒すための活動ですが、この活動を続けてきたことで、今回は終末期医療について考える機会を頂きました。
  
生きている今、あなたも「命」と「死」について、考えてみませんか。「死」を受け入れることで、また違った世界が見えてきます。「命」の尊さについて考えてみたいと思います。