妻に捧げるレクイエム=16=
2014/01/26傍にいても
出来るだけ傍にいたいと思って
時間があれば病院に出かけたけど
ラジオ波の処置が終わって出てくる君は
麻酔が未だ強く効いていて話しも出来ないくらいの状態だった。
でも、僕が声をかけると少し頷いてくれたよね。
経過観察
ラジオ波治療が終わると
暫くは経過観察に入って、普通の生活に戻って行った。
完治したと勘違いするくらいに元気になって
散歩や映画にも行ったよね。
この頃は僕でさえもう大丈夫かなって思っていたよ。
ホーム > みんなの投稿一覧
傍にいても
出来るだけ傍にいたいと思って
時間があれば病院に出かけたけど
ラジオ波の処置が終わって出てくる君は
麻酔が未だ強く効いていて話しも出来ないくらいの状態だった。
でも、僕が声をかけると少し頷いてくれたよね。
経過観察
ラジオ波治療が終わると
暫くは経過観察に入って、普通の生活に戻って行った。
完治したと勘違いするくらいに元気になって
散歩や映画にも行ったよね。
この頃は僕でさえもう大丈夫かなって思っていたよ。
次のステップへ
抗がん剤を止めると
副作用で傷んだ部分も回復に向かったけど
髪の毛だけは時間がかかったね。
肝臓に残ったガンはラジオ波で焼くという説明に
ビックリしながらも
兎に角助かる方向に向かっていると強く思った。
ラジオ波
ガン細胞は熱に弱いらしい。
エコー画像を見ながら細長い針で直接肝臓にあるガン細胞に
熱を放射してガンを死滅させるんだって
身体への負担は少なかったけど、やり直しもあって
入院が長引いたのだけはまいったね。
抗がん剤の日々
2回目からは通院しての投与になったね。
2週間毎に病院に行き白血球数を検査するけど
結構ドキドキしながら待合室にいたことが思い出されるね。
抗がん剤が投与出来るとなった時には
変にホッとした思いだったね。
抗がん剤の日々
本当はもう少し長期に渡って投与する予定だったけど
副作用がきつく白血球の低下も著しかったので
最初の抗がん剤は6回ほどで終わってしまった。
でも、腫瘍マーカーも下がり、肝臓に残ったガンだけが心配の種だった。
ポート
抗がん剤は48時間の投与。
毎回血管に直接注射すると血管が痛むので
鎖骨下の静脈にポートという注射針用のアタッチメントを装着する手術をしたね。
でも、後からこの事に関する院内の壁を経験することになったね。
抗がん剤の日 初めての日
抗がん剤治療が始まった。
第1回目の投与は経過観察のために入院して行ったね。
三種類の薬液を48時間かけての投与だったけど
一番長い3番目が、風船の様な袋を使っての投与だったので
ちょっと驚いたよね。
太郎坊神社
平成20年は、地域の恵比寿会の祭典にも関わっていたけど
その神社の中に祭られていた太郎坊神社は
本殿の右側にある小さな社殿だったけど
「どんな難病でも一生のうちに一回だけは治してくれる」とあった。
祈ったよ。
抗がん剤治療
結局は完璧に取り除けなかった肝臓のガンと
顕微鏡サイズのガンに対する治療として
君の体力の回復を待って、抗がん剤を投与することを選んだね。
その後の処置は、抗がん剤の効果を見てから決めると言うことだった。
1月は僕にとっては悲しい月です
それは、妻が旅立った月だからです
その日までの最後の時間が思い出されてきます
あと17日でその日が来ます
3年前に僕は何をしていたのだろう
3年前の今日、僕は何処にいたのだろう
写真の中で微笑んでいる妻の顔を見ながら
何かを語りかけています